メモリアルダイアリー

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自分が特撮番組を見たときの気持ちや、日々の生活の中で感じたことを自由気ままに綴ろうと思います。

感想 ジオウ EP2019 アポカリプス

この回をもって平成ライダーの幕を閉じたジオウ。 

 

 

仮面ライダージオウ DXグランドジオウライドウォッチ

仮面ライダージオウ DXグランドジオウライドウォッチ

 

 

まずは、20作品今まで楽しませてくれてありがとうと感謝を述べたい。 

私が3歳の頃クウガが始まり、どこに行く時もベルトをつけ、ドラゴンロッドで障子を破り、母親に玩具の拳銃を投げてもらってペガサスボウガンに持ち替えて、、、なんていう遊びを毎日毎日、テレビを見ながらずっとしていた19年前。

あの日から今日まで平成ライダーを欠かしたことは無い。その最後の1ページが今日、終わりを迎えたのだ。

 

さて、謝辞はこのくらいにしてジオウ最終回 「アポカリプス」について述べていく。

 

ツクヨミの裏切り

前回のラスト、満を持して仮面ライダーツクヨミへと変身を遂げたツクヨミ。これこそが士の作戦であり、崩壊するジオウの世界から人類を救出する作戦であった。

しかし、変身した直後ツクヨミはアナザーディケイド=スウォルツに首を垂れる。

まぁずっとシリーズを追いかけているとここでガチで裏切るわけないと思っていたので安心はしてたんですがそれでも画として出されると緊張感が走るのは流石平成ライダーとしか言えない。

 

:崩壊し続ける世界 士の作戦

 

前回に引き続き、世界は20の仮面ライダーの歴史からなるモンスターの大軍で崩壊が進んでいた。 

 

門矢 士=仮面ライダーディケイドから言わせれば「ジオウの世界」と「スウォルツ、ツクヨミの世界」。2つの世界に仮面ライダーを置いて共鳴させ、ジオウの世界の人間を移動させるという事だった。 

仮面ライダーの存在しない世界にツクヨミという仮面ライダーを確立させ、その架け橋とする。 

ライダー同士の共鳴というのがジオウトリニティの次元を超える絆とリンクしているようでツクヨミもソウゴの仲間なんだなと再確認した。しかし、この作戦はツクヨミの裏切りによって絵に描いた餅作戦になってしまう。

 

 さて、この作戦であるが、前作の仮面ライダービルドの「新世界」とはまた違った方法による人間の救済方法である。

ビルドの新世界はAという崩壊した世界+Bという世界+ジーニアスフルボトルを足してBを基準にAの世界で崩壊したものや消えたものが復活(A世界の記憶が根底に眠ったまま、スマッシュの被験者ではないものには蘇ることのない記憶ではあるが…)し、本来歩むことのなかった10年間を歩んできた世界Cというものを創り上げた。

私の尊敬してやまない結城 了さんのツイートでも似たようなものを発見したので引用しておく

 

 言葉にするのが少々難しいが世界を一枚の紙で例えるとAの世界を穴の開いた用紙、Bをきれいな用紙と置き換え、その二枚を重ねると奇麗だがAの穴をBの用紙で埋めている形になる。そこにジーニアスの力が加わり、過ごすことのなかった新たな10年が付与されているという認識だ。

 

対して今回の士の作戦は崩壊しかけているジオウの世界とライダーが存在せずほぼ消えかかっているツクヨミの世界

マイナス同士の世界を掛けてプラスの世界にするといったような…そんな感じなのかな。ここは各人で解釈に相違が出るのでそれを探るのも面白そうだ。

 

:最後の晩餐

 

 これまで幾度となくソウゴを気にかけ、時にきっちりと叱り見守り続けてきた順一郎。そんなおじさんと過ごす最後の食卓をソウゴはさみしそうな目で見つめていた。ここの生瀬さんと奥野君の演技が素晴らしかった。ソウゴと順一郎ではあるのだが、役者同士一年を通じてほんとの家族のような目線や雰囲気の柔らかさ。それらが画面を通じてひしひしと伝わってきて涙を流せずにはいられなかった。

 

「朝食だよ?」というセリフ。この一つだけで夜はちゃんと帰ってくるんだよね?ということまで思わせてくれる。生瀬さんの演技力には脱帽するしかない。

そしてひび割れて壊れたライドウォッチを修復してくれていた。どこまでいっても彼は常盤ソウゴの大叔父なのだ。

ジオウでは一年を通じてクジゴジ堂のシーンが多く、これで 「家族」ともお別れなんだなとしみじみとした。

 

:最終決戦

ゲイツ、ウォズ、ディケイドが世界の崩壊を遅らせるべく、戦ってる最中、海東 大樹=仮面ライダーディエンドが現れる。10年前から何がしたいのか行動原理が不明な海東だが今回、世界の崩壊まで一緒に戦えてうれしいといった発言から、「根っからの士 

 大好きっこ」なんだなあという思いと裏腹に、士からは「無駄話する暇があるなら戦え」と言われたり。この二人がいるだけでそこは「ディケイドの世界」に早変わりするのである。

 

崩壊していく世界の中、ウォズたちを倒そうと攻撃を仕掛けるアナザーディケイドの前におじさんから託されたライドウォッチ達でグランドジオウへと変身する。この時、二回目のフル音声が鳴り響き、20作の重さを感じれる画となっていた。次々と呼び出されるライダーたちとアナザーディケイドが召喚したラスボスたち。

 

 

こっそりエボルがフェーズ1でブラックホールを呼び出したり原典より強化されていたりするのが笑う。

 

 

:歴史の終着点へ

 

仲間を失い、ついにオーマジオウとなるソウゴ。すべてのライダーの歴史を抱えたオーマジオウは歴代のラスボスをもろともせず、撃破していく。

 

平成最後にして最強の必殺のライダーキックは圧巻の一言である。

 

かくして、ジオウの世界を救ったソウゴ。「最高最善」の魔王が決める決断とは。。。

 

 

:平成の終わり

 

 

 

ソウゴが選択した未来はジオウの世界を破壊し、新たな世界を創造すること。「破壊」からしか「再生」「創造」は生まれない。奇しくも10年前、門矢士が紅渡から聞かされたことと同じことだ。

2068年のソウゴと対峙し、世界を救ったのだから王を名乗る資格がある。それを捨てれば二度と王にはなれない。と問われる2019年のソウゴ。

しかし、若いころのソウゴは王になると答えるのだ。なぜならソウゴには仲間や仮面ライダーたちがいたから。未来が決まっていなくても、自分は必ず王になると宣言するのだ。

 

オーマジオウの言った通り、まさに「王」道な物語の着地であった。

 

 

 

~~~~平成ライダーとは~~~~

 

20作の平成ライダーは個性が強く、デザインも横並びにしたとき、まとまりが一切ない個性の塊と言っても過言ではない。

つまり、「不揃いの一致」である。

平成ライダーというコンテンツはそれぞれの作品が、それぞれの個性を強く打ち出し、前年の仮面ライダーを必ず超えるというようないきがいすら感じてきた。

そしてジオウでは19作のオリジナルの歴史を扱い、当時のレジェンドも出演させ、ありとあらゆるファンの思い出や記憶を良くも悪くもぐちゃぐちゃにかき混ぜてきた。そして物語の終わりは世界リセットによる「最低最悪」の未来も、「救世主」の未来もすべてがなく、常盤ソウゴが望んだ、「最高最善」の2018年の高校生活である。

なんとも卑怯である。ここまでIFのお話やそれぞれの歴史を統括するというお話を「なかったこと」にしてしまうのである。狡猾で、卑怯で、ずるくて、そして納得してしまうのである。なぜなら「平成」ライダーという凹凸なまま進んできた「不揃い」のヒーローはその凹凸こそが「揃って」いるのだから。視聴者は受け入れるしかないのである。

 

 

ジオウが伝えたかったテーマは「今を生き抜くこと」である。

時計の針は戻せるけど、時間は戻らない。未来だと思っていたこともいつの間にか今になり、過去へとなっていく。ならば次々と迫りくる「今」を生きていくしかないのである。

最高の「平成ライダー」をありがとう。

そして「令和ライダー」へとバトンをつないでくれてありがとう。